2012年9月25日火曜日

2泊3日の上海旅行で感じた事。〜外国語を武器にする中国人〜

2泊3日の上海社員旅行を終えて、一番印象に残っているとこはいかに中国人が外国語で勝負しているかだった。旅行の添乗員、お土産ショップ、お茶屋さん、ホテル、ここらにいたほぼすべての中国人が日本語を喋る事ができた(風俗店に誘ってくる人、偽ブランドを売ってくる人でさえ、簡単な日本語を喋っていた)。

彼ら彼女らは生活費を稼ぐため、そして生きていくために、(おそらくは)学生時代に学んだ日本語で、日本人観光客を相手に商売をしていた。決して流暢な日本語ではない人も全くおじけつかず、自分が覚えた日本語のすべてを駆使して、日本人と対等に会話をしていた。中国に旅行をして買い物をするとき、店員さんが日本語ができて助かったという人も少ないないのではないだろうか。彼らは日本人観光客相手に商売するため、必死に日本語を身につけてきたに違いない。しかも必ずしも皆が留学経験者ではない。今回のツアーを案内してくれたガイドさんもそうだった。国内学習だけで、日本人相手に商売できるまでになっている。相当の努力が必要である。

一方で、中国語や英語で勝負している日本人はいったいどれくらいいるだろう?僕が見る限り、観光地などで、中国人観光客相手に中国語で会話をする日本人店員はほとんどいない。あるとすれば、せいぜい中国人を雇って、彼ら彼女らに任せるかだ。日本人は中国でも日本でも中国人任せだ。

僕は“この違い”を痛感した。世界がグローバル化していく中で、外国語を武器に戦っている(商売している)人の比率が圧倒的に違った。 今回旅行を共にした他の社員の方々はこの違いを感じたのだろうか?日本語を使って商売する中国人を目の前にし、何も感じてないのであれば、呑気さもいいところだ。彼ら彼女らを見習って自分も外国語を習得しなくては!くらいは感じてほしい。

外国語ができれば仕事ができるわけではないが、日本語(母国語)だけで仕事ができるわけでもない時代だ。その適応力は明らかに中国の方が勝っている。自分は負けたと感じた。彼らに追いつかなければと感じた。僕も負けていられない。中国人は僕にとって本当に良いライバルだ。そう感じさせてくれた3日間だった。

2012年9月19日水曜日

我々は拳をあげて愛国を叫ぶ必要があるのか?〜河原啓一郎さんのストーリー〜

http://news.cn.yahoo.com/newsview/ridiucheqingnian/ 2012.9.19 中国yahoo

武汉丢车日本青年赴云南救灾途中遭围攻

日本の青年、河原啓一郎のツイッターは9月11日から5日間動かなかった。彼が沈黙していた5日間に、日中関係は激変した。

彼は雲南省の地震が発生した地区に行く準備を進めていた。『私は日本の震災が起こったときボランティアをしに行った経験があり、今回もできるだけみんなの力になりたいと思っていました』。

しかし、中国人は怒りをあらわにし、日本製ボイコット、デモ、日本に対しての不満をぶちまけた。そして河原は黙ることを選んだ。

・彼はかつてメディアで注目された人物

この28歳の青年はかつてメディアで注目された人物だ。今年2月から、河原は自転車で世界一周旅行をスタートさせたが、中国の武漢で自転車を盗まれてしまった。彼はツイッターで助けを求め、それがリツイートされ、数万人に伝わり、なんと3日もたたないうちに戻ってきたのだ。

この出来事により、河原は注目を浴び、彼のツイッターのフォロワーは1万人を超えた。フォロワーたちはこの青年の夢のある旅に注目しており、彼とツイッター上で交流していたが、9月以降、それが一瞬にして途絶えた。

9月16日の夜、記者は電話で河原にインタビューをした。河原は緊張した声で『僕を攻撃してくる人がいる。逃げなければ』。群れとなって『馬鹿野郎』と叫ぶ中国人を目の前にして、彼は友人の家に身を潜め隠れた。

家の中で彼はツイッターを更新した。『たった今、多くの人に襲われた。怪我はしてないけど、とても悲しくなった』。

・被災者救済と襲撃

雲南省で地震が発生したとき、河原は武漢で文化交流会議に参加していた。その晩友人の家にいるときに、テレビが突然地震のニュースに変わり、被災地は無惨な光景となっていた。

『何が起こったんだ!』。河原はそう叫び、即被災地へボランティアに行くことを決めた。当時、彼の周りには欧米の友人らがおり、みんなが彼の決定を支持してくれた。『何か問題があれば連絡してね、君を助けるし、君と一緒に被災者のために力になるよって言ってくれました』。

出発するときには、彼は約80キロの救援物資を担いだ。救援物資には大量の薬、衣服、食料などが含まれていた。この物資はすべて彼と中国のボランティアたちが募ったものだ。ボランティアたちは彼のために、物資を梱包し、何箱かに分けてくれた。だが列車を降りるときには、物資が多すぎて、駅員に助けてもらわざるを得ないほどだった。

彼は貴陽で1人の日本人を待っていた。もともとはこの友人とベトナムへ旅行する予定だったが、SNS上で河原が被災地へ行くことを知り、自分も加わることにした。河原は友人を待ちながら、救援物資を募っていた。

彼は被災地でのボランティアの様子をあまり語ろうとはしなかった。褒められるのを好まず、事を低調に進めたかった。『日本の大震災が発生したとき、多くの中国人が日本人を助けてくれた。今は僕たちの番だ』。すべてはこの思いからだった。

しかし、局面の変化によって、彼は中国にいるという境地の下で、危機にさらされる事となった。

日本にいる家族からは、何度も危ないから帰ってきなさい、と言われた。しかし彼は帰国しなかった。ある日、貴陽の街中で、2人の中国人男性が突然河原に向かって、殺気立った様子を見せた。『僕の髪をつかみ、殴りかかろうとしているようだった』と彼は語った。

河原は驚いたが、反応はとても速かった。彼は日本語ではなく、とっさに英語で『何するんだ。殴らないでくれ』と言った。周りにいた人たちが仲裁に入り、『逃げろ、逃げろ』と言ってくれて、ようやくその場を離れる事ができた。

彼はこの事を日本の母親に言うと、家族はとても心配した。『でも家族は僕が20ヵ国行ったことがあり、たとえ最悪の状況に遭遇しても、今までの能力と経験で何とかなることを知っています』。

9月16日の夜、彼は中国人の友達と一緒にご飯を食べていた。近くのビリヤード場では、若者たちがビリヤードをしていた。彼らは最初気にもとめていなかったが、その内の1人が河原が日本人だとわかった。ご飯を食べているとき、外では人々が騒ぎ始め、どんどん集まり、『馬鹿野郎』と叫び始めた。中国人の友人は緊張した面持ちで河原に、『外にいる人たちがナイフで奴を殺そうみたいな話をしてるぞ!』と言った。

レストランの主人同伴のもと、河原は慎重に外を出た。その瞬間、20名ほどの若い男たちが迫ってきて、河原を殴ろうと試みた。『はじめは地元の大学生かと思いましたが、後で友人が町のチンピラたちだと教えてくれました。その時は外はもう暗かったので、よくわかりませんでしたが、手には凶器を持っているに見えました』。

一緒にいた中国人の友人は助けるために、『彼は韓国人だ』と叫んだ。しかし効果はあまりなく、最終的に友人の母親に頼み、バイクで来てもらい、その場を離れた。

家に着いた後、河原はとても悲しくなった。『彼らは私がどんな人かもわからないのに、僕を殴ろうとした』。しかし彼は決してボランディアの計画を中止しようとはしなかった。『雲南の被災地に薬と物資を持っていくと決めたからには、自分の信念を貫き、絶対に行くと決めました』。

・日本人の中国の旅

実際、被災地に行く前にも、河原は中国でいろんなボランティア活動をしていた。

以前には孤児院や老人ホームを訪れたり、野良犬救助センターを訪れ、500匹近くの捨て犬の面倒をみた。彼の自転車には一枚のシールが張ってある。『頑張れ日本、ありがとう中国』。彼の計画の中では、自転車で世界一周旅行しながら、ボランティア活動をするとあった。特に衛生条件が悪い地区での医療のボランティアをするとあった。『僕は世界各国の人たちと友達になりたいんです。みんなと楽しさを共有したいんです』。

彼のふるさとは日本の長野で、東京から約4時間の距離である。中国の若者と同じく、テレビ、漫画、パソコンゲームが好きで、中国に到着したあとは、多くの中国人学生が彼と漫画の登場人物について語り合い、盛り上がっていた。『でも僕は中国語でその人物の名前がまったく言えなかったんです』。

大学を卒業した後、彼は看護学校で3年学び、同時に世界一周旅行の計画を立て始めた。去年の上半期に、病院での仕事を辞職し、日本の被災地へボランティアへ行った。そのあと世界一周旅行を始めたのだ。

看護学校時代、一度カンボジアへ貧困地区へのボランティアへ行った事があった。そこでは1人の貧しい少女がいた。ゴミの山を歩いているときに尖った物で怪我をし、治療する術もなく、どんどん化膿し、最終的には父親が自らの手で少女の足を切断しなくてはならない状況に陥った。

この事は彼の心を大きく動かし、ボランティアで、そのような苦しい思いをしている子供を助けようと考え始めた。

大学生時代には、1人の大連から来た中国人留学生と知り合った。2人のとても仲が良かった。誕生日のときに、中国料理を作ってくれたのがとても印象に残っているという。世界一周旅行の計画を立てるとき、彼は1ヵ国目を中国に選んだ。この神秘的な隣人を知りたかったからだ。

中国に行く前は『谢谢,你好,多少钱(いくらですか?)』くらいの単語しか知らなかったが、今では『うわ!蚊に咬まれた』くらいまで言えるようになった。中国人はとても情熱的で友好的なのが、ここ数ヶ月で一番印象に残っている事だという。

節約のため、基本的にホテルには泊まらず、中国人の友人宅に滞在した。これらの友人はみなSNSや旅の途中で知り合った人々だ。『お金をあげるのは逆に気持ちを害してしまうので、お寿司を作ってあげたり、ギターを弾いたり、手品をしてあげたりしました。小さな町の人たちはとても素朴で、私が中国語を話すと、とても新鮮に感じたようです』。

自転車のトラブルの時には、多くの中国人に助けられた。彼は中国のネット上の伝わりの速さに驚いた。自転車を盗まれたあと、武漢警察が彼を捜し出し、新しい自転車を送る意志を示した。しかし彼は受け取りを断った。彼が乗っていたのは非常に高価なもので、23万円もし、速度計などが付いているものだった。

だがついに、1人のネットユーザーが闇市で自転車を見つけ出し、1000元で買い取った。自転車は武漢警察に送られ、河原のもとへ届けられた。一時期、この事が大きなニュースとなった。1人の日本人が中国で自転車を盗まれ、すぐに戻ってきた事は、ネットユーザーの間で日中両国の“特別待遇”として議論が白熱した。それと同時に、河原は沢山の友人ができ、彼のフォロワーは1万人を突破した。被災地のための一部の物資はフォロワーが募ってくれたものだ。

日本人観光客が中国に行くのは、中国の料理が好きだからです。中国人が日本人観光客に怒鳴ったりすることは適切ではありません、と彼は言う。政治は政治、人は人、政治と普通の観光客は分けるべきと考えている。(尖閣諸島問題については)『何も言わないのがより良い』と語った。

たとえ襲撃事件に遭っても、彼は中国の旅を諦めたくはないという。彼は言う、『もしかしたらどこかに保護してもらったり、あるいは自分で自分の身を守ったりするでしょう。例えば、外国人とわからないように、変装するなどして。でも僕はネガティブなことは気にしません。人を助けると決めたら、絶対に行きます』。

中国のYAHOOにあった記事です。中国人にとってとても考えさせられる記事だと思います。この記事のタイトル通り、愛国を叫び、暴徒化し、日本のお店などを襲撃する意味が本当にあるのかどうか考えてほしいです。そして日本人にも中国にもこういう記事が掲載されているんだということを知ってほしいです。そのために僕はこのブログで翻訳しています。

そして僕はこの河原さんという方にとても感銘を受けました。尊敬に値する1人です。数ヶ月前の中国で自転車を盗まれ、その後見つかったというニュースは日本でもされていて、僕も知っていたのですが、その河原さんにこんなストーリーの続きがあったとは驚きました。この記事を読んで初めて知りました。おそらくこの事はまだどこの日本メディアも報じてないんじゃないでしょうか。日本のメディアだけでなく、他国のメディアもチェックすることの大切さを実感できました。本当に中国語を勉強していて良かった。

記事の中では中国版ツイッターで河原さんのフォロワーは1万人を超えたとありますが、現時点では6万人のフォロワーがいます。一般人では異例の数字です(もはや一般人ではないかもしれませんが)。それがこちら(河原启一郎的微博)です。記事の中にあった『たった今、多くの人に襲われた。怪我はしてないけど、とても悲しくなった』というツイートも確認できます。このツイートに対しては約4万回のリツイート、約8万件のコメントが寄せられています。ものすごい影響力です。

これを気に僕は河原さんのという方にとても興味を持ちました。ブログもやっているので『僕と同じblogspotなのがとても嬉しい)、これからは河原さんの動向に注目し、また陰ながら応援していきたいと思います。

河原啓一郎さんのブログ:『世界の田舎に泊まろう!』


2012年9月18日火曜日

中国の迷い方・中国のローソンでフライドチキンを買う

中国のローソン。森ビルの中だけあってなかなか洒落てる

森ビルの地下にローソンがあったので入ってみました。ローソンは中国語で『羅森』で、上海には300店舗以上あるそうです(そんなにあったのか)。

中国のコンビニ弁当

商品の陳列などは日本とほとんど同じでしたが、ドリンクコーナーでは左側が中国で売られているもの、右側が日本から輸入したもので、こちらは500mlのペットボトルが一本300円くらいで販売されていたのが印象的でした。中国人が日本へ来て、大量買いしていくのもなんとなくわかる。


さてさて、中国のローソンにも日本と同じように、レジの横にフライド系のフードが売られています(なかなかどれもおいしそうだった)。僕は一番ボリュームのあったフライドチキンを頼みました。たしか日本円にして70円くらい。安い。

僕が注文すると、店員さんは手際よく、チキンを取り出し、普通のビニール袋に入れてくれました。日本のように紙の袋はないのか。中国のローソン、あまり凝ってないな〜。まあ食べられりゃーし、中国ではそんなところで凝っててもあまり意味がないのかも。


店内にはこんなポスターも。かなり明るい店員さんたち。実際の店員さんはもっと無愛想だけれども。こんな笑顔振りまいてくれないよ。

2012年9月16日日曜日

中国の迷い方・高さ474mの展望台〜上海・森ビル〜

高さ世界第三位の上海・森ビルに潜入です!!

森ビルには3つの展望台エリアがあります。ひとつは床がガラス張りでスケスケの100階、スカイウォーク。これが474m。ふたつ目は97階にある第二のスカイウォーク。こちらはガラス張りの床はないので、高いところが苦手な人でも大丈夫でしょう。みっつ目は94階にあるスカイアリーナ。景色を見られるのと同時に、ショップ、カフェ、記念撮影サービスがあります。

料金は94階のみが120元、94階+97階+100階が150元です。日本円にして2千円もしないので、なかなか良心的なお値段です。(東京スカイツリーは高いなあ)



1階から94階へ上がるためのエレベーターの中です。とにかく静かで速い。


光る床
エレベーターを出るとこんな感じ。高級感ありまくりです。


さらにエスカレーターで94階から97階へ。


ここが97階の展望台です!!側面すべてがガラスで開放感があります。

ここから眺める景色もいいのですが、先に100階へ向かっちゃいます!!再び別のエレベーターで向かいます。


ここが100階のガラス張りの床です!!!高所恐怖症の人にとってはかなり怖いです。


ビューポイントとあります。怖くない人はここに立って覗いてみましょう!僕は足がすくみましたが。

100階の展望台から見るテレビ塔。完全に見下ろしちゃってます!!よく見ると、小さい球がもう一個あります!!知らなかった。

数々の奇抜な形のビル


どうらや高級住宅街みたい。プールもある!こんなところに住んでみたい!

474mからはまたひと味違う上海を堪能できます!!ぜひ行ってほしいところの一つです。


続いては94階へ。写真にあるのはカフェです。


トイレからの眺めも最高です!

同じ階にはお土産ショップもあります。


ノートとクリアファイルを買いました(僕はクリアファイルを集めるのが好きです)。
確かノートが20元でクリアファイルが15元。安い!!

以上森ビルの展望台を簡単に紹介しましたが、どうでしたでしょうか?迫力はちゃんと伝わってますでしょうか?ぜひコメントください!

今度は夜に行ってみたいです。

<<続く>>


2012年9月13日木曜日

中国の迷い方・上海の代表的な高層ビル

上海が誇る高層ビル、森ビル。正式名称は上海環球金融センター。高さは492m。ビルとしては世界第三位の高さです。しゃがんで撮影しないと、てっぺんまで撮れません。大迫力です。
そして森ビルの側面に映っているのはこちら↓


ジンマオタワー。高さ420m。中にはホテル、オフィス、展望台などが入ってます。こんな高いビルが隣同士にあるんだから、これまたスゴイ!

しかしこれだけではありません。


なんと、すぐ近くにまたまた高層ビルを建設しているのです。その名も『上海タワー』。写真の左側です。完成すれば高さ632mになる超高層ビルです。この一点に400m越えのビルを3つも建てるなんて!!発想がすごいです。


次はいよいよ森ビルの展望台に潜入です。100階から眺める上海は絶対に見物です。

<<続く>>

2012年9月10日月曜日

中国の迷い方・上海でナイトクルージングを楽しんできました!

二日目の夜は待ちに待ったナイトクルージング。これだけで上海に来た価値があります。
船上時間は約一時間半!時間もたっぷりです。クルージングの乗り場には相変わらず変なオモチャを売りつけてくる人たちが。誰がそんな幼稚な物買うんだよ!!って毎度言いたくなります。

それはさておき、クルージングできれいに撮れた写真をご紹介!上海は本当に輝いてます!!

船も光ってます

半卵型

この写真結構お気に入り



テレビ塔の球体は色が変わります。とてもカラフルなタワーです

写真に写っている一番高いのは森ビル!高さ492m!
続いては外灘(バンド)側。こちらは租界地区で昔の西洋建築物が残ってます。建物の中は官庁や銀行、ブランドショップなどが入っています。




 どうでしたでしょうか?この写真を見て上海に行きたくなってくれたら非常に嬉しいです。ぜひナイトクルージングは体験してみてください。船もまったく揺れないし、安全で快適です。

僕が作成しているFACEBOOKページ『Beautiful China』にはこれら以外にたくさんの写真をアップロードしています。ぜひご覧ください。








2012年9月7日金曜日

中国の迷い方・偽ブランドを売ってくる人


豫園の観光が終わり、バスに乗り込もうとしたとき、日本の団体客を狙って、偽ブランドを売りつける人たちが近寄ってきます。『一つ千円』とか言いながら、なかなか離れてはくれません。こういうときは無視し、早いことバスに乗り込んでしまうのが一番です。

2012年9月6日木曜日

中国の迷い方・明代の庭園、豫園

上海屈指の観光地・豫園へ向かいます。駐車場に到着すると、僕らを出迎えてくれたのが物乞いの人たち。老人と40代くらいの女性に男の子が1人。それぞれ小さなコップを持って僕たちに近づいてきます。いくら無視してもそのまま着いてきます。その老人は僕の同僚の1人にずっとコップを差し出し、小銭を要求してきます。もうお金をあげるまで離れてくれない状態です。本当にしつこい。とうとう同僚が小銭をあげて、やっと離れてくれました。あの粘りには負けてしまいます。ある意味見習わなければ。



改めてここが上海の豫園と呼ばれる明代の庭園です。入場料は大人30元。1559年から1577年にかけて造られたそうです。




屋根の上にある関羽の彫像

立派な龍の彫像








豫園周辺は下のような街並を見ながら、ショッピングを楽しめます。屋台みたいなお店もたくさんあり、臭豆腐や小籠包、タピオカドリングなどが売られてます。客引きも多いですが。偽ブランドの財布を売ってきます。




豫園と森ビル。まさに古と現。
<<つづく>>



2012年9月5日水曜日

中国の迷い方・上海!!!2


泊まったホテルはここ、上海広場長城假日酒店(中国語で『酒店』は『ホテル』の意味、酒屋ではありません!!)。上海駅のすぐ近くにあります。

鉄道の上海駅
駅前には大きな広場があり、列車を待つ人々で溢れてます。中には地面に寝転びながら待つ人も。懐かしい光景です。



近くにはショッピングセンターがあり、日本製のカメラがたくさん売られてました。


中国のどこにでもある路上の売店。見てのとおり、ここで雑誌、新聞や飲料が購入できます。コンビニよりも雑誌の量はかなり豊富です。


物乞いしてる人を発見。中国にいたら必ず見かけてしまう。子供から老人まで沢山の物乞いがいます。職業的にしている人もいれば、本当に貧しくてしている人もいるでしょう。こんな光景がなくなるといいのに。

夜の上海駅

夜になってから、写真をとるため、外へ。歩道橋の上から撮影。




上海の夜は輝いてます。

<<つづく>>