2012年2月24日金曜日

中国人留学生が見た日本4

「追求」といえば、私は強烈に感じることがある。同年代の日本人は向上心がなく、家に留まることに満足している。留学生として、私が接する多くの日本人は大学の同級生だ。中国の観念的から言えば、「大学時代は一生のうちで最も美しい時で、大きな理想を掲げ、高い目標を設定し、できるだけ視野を広げ、知識を吸収し、一生懸命努力し、学業に奮闘する」と考える。しかし周りの日本の同級生はそのようには考えていない。彼らは先輩たちが作り上げた生活に満足し、家に留まりたがり、自分の将来のために努力をしない。以前日本人の英語レベルが高くないと聞いていたが、日本に来て、それが本当であることがわかった。とても奇妙なのは、まさか彼らは「英語ができない」という悪名声から逃れたくないのだろうか、ということだ。私が日本の同級生とこの問題について討論していたとき、彼らの答えに驚かされた。「どうせ海外で働きたいとは思わない。日本に留まっていればいい。英語を必要とする仕事しない。英語ができなくたって、映画を見るときは吹き替えがあるし」。実際、英語の試験で優秀な成績を修めているものは少なくないが、それは履歴書のためのもので、会話力には欠ける英語である。日本の若者は安定、安静な日々を望み、際立ちたいとは思わず、目標や抱負がない。これには民族性以外にも、他に大きな原因があると考える。それは日本がすでにいろんな面で完全に発達した国家であるということだ。社会保障システムは健全で、貧富の差は少ない。若者は向上心はなくとも、普通であれば、生活水準は保証される。国が豊かなのはもちろん良いことだが、それゆえ、努力やリスクを伴うことを多くの人々は望まない。安定な日々を過ごすことに越したことはないのだ。中国は違い、近年発展のスピードは非常に速く、私たちはまさに発達中の国家の中におり、若者は社会生活の中で成功または失敗を経験し、結果は天国か地獄かだ。努力をするしないの問題ではなく、人より努力をすることが必須なのだ。中国人はよく「上位を手本にしても、中くらいの結果しか得られず、中位を手本にしたら、下くらいの結果しか手に入らない」と言う。たとえ両親が自分の子供に将来優れた人間なってほしいという願望がなくとも、少なくとも小さなときから、向上心を持たせる教育をし、最もやってはいけないことは大人が子供に「意気地がない」ということだ。

http://overseas.cn.yahoo.com/ypen/20120210/855521_2.html(中国ヤフー)2月10日

本文の中で出てきた「会話力に乏しい英語」は中国語で「哑巴英语(ヤーバインユィ)」。「哑巴」は「口がきけない人」と言う意味ですが、「哑巴英语」や「哑巴汉语」となれば、「読解力はあるが、会話力に欠ける英語(中国語)能力」となるようです。悲しいですが、まさに日本人にぴったりの言葉です。

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