2012年1月5日木曜日

日本の過去、今、未来2

大地震後の新航路


中国人はよく、悪いことを良いことに、悲痛さを力に、という。この言葉は今回の日本の大震災に完全にあてはまるであろう。当然、ある人は今回の地震で日本人は民族凝集力が目覚めたと言うが、私は基本的にはありえないと考えている。私が見る限り、日本はすでに“オタク”、“萌”、“かわいい”文化が浸透してしまった国であり、武士道精神が失われた。核の危機は消え去り、みんな通常の生活状態に戻り、まるで何もなかったかのようである。実際今日では、東京の人々が早めに帰宅することを除いては、何の変化もない。


20年間、日本経済は“ぬるま湯で煮た蛙(※1)”式に下落していき、簡単に言えば、痛い目にはあっていない。大和民族はこのようにしてだんだんと闘志を失い、安静になった。福島50勇士は懸命に仕事をこなしているが、日本の若者志願者はどこへ行ったのだろう。もちろん、大企業や裏社会の貢献も少なくはないが、陳光標(※2)のような人物は見当たらない。事実、日本人の紀律性は世界一だ。だが彼らの高素質さは“他人に迷惑をかけるなら死んだほうがマシ”という表れであり、“国家が困難で、一人一人が責任を負う”という表れではない。日本人にはすでに、正念場に福澤諭吉や松下幸之助のような目の前の巨人に対し、勇敢にリーダーシップを発揮する力はなくなり、慶応精神は消滅した。


日本は二ヶ所で原子爆弾の攻撃を受けた経験を持つ。去年筆者が広島を観光したとき、原爆ドームと平和公園が人々に恐怖の瞬間を連想させることはあるが、あそこは完全に美しい現代化した都市である。私は日本人の放射能の処理能力について信頼している。


しかし、その他の面から見れば、日本は甚だしい復興作業に直面しており、この極めて膨大な作業に対し、労働力に乏しい日本には限界があり、外国人の労働力の受け入れが必須となり、移民や永住の緩和政策をとるだろう。これは高齢化社会にとっても有益だ。日本の若者はリラックスしすぎで、競争心に欠けており、海外の同世代と競争する必要がある。


高齢化は日本社会の富の分配は年齢に応じた逆三角形となっており、大部分の富は年配者に集中しており、また高齢者はiphone、車、新しい家などは不要で、富は通帳の中に眠ったまま生涯を終える。社会の富は流動せず、若者はお金を稼ぐことができず、貯めることもできない。今回の地震は社会の富の流動を加速させ、経済を流動的にするかもしれない。


このほか、核エネルギーの未来には限界があり、核エネルギーは日本のエネルギー供給量の30%を占める。これは日本はエネルギー供給を調整しなければならないころを意味している。資源に乏しい国として、風力発電、太陽光発電、潮力発電以外にも、また外国との協力、特に中国との協力を深めることが必要である。

http://overseas.cn.yahoo.com/ypen/20111231/792072_2.html(中国ヤフー)12月31日

※1「ぬるま湯で煮た蛙」というのは原文では「温水煮青蛙」で、蛙を直接ぬるま湯に入れたら逃げてしまうが、冷たい水に入れ、だんだんと加熱していけば、蛙も慣れ、逃げないことから、悪いことがありすぎて、もうそれに慣れてしまう、という意味で使われます。この記事では日本は経済の悪さに慣れてしまったということを言っています。

※2陳光標というは東日本大震災が発生した際、12名の慈善チームを組織し、被災地で救助活動をした会社社長です。日頃から、社会慈善事業に取り組んでおり、災害救済の英雄として知られています。

それにしても、日本には武士道精神はすでになく、オタクとか萌の文化だけ、みたいな書き方は納得いきませんね。まあ海外ではその方面ばっかりが注目されるから仕方がないかもしれませんが。

2 件のコメント:

  1. きょう中国で事業をしている先輩と話しをしました。
    その中で、中国人はバイタリティがあるという話しになりましたが、責任を持ったバイタリティではないという話にもなりました。
    出来そうにもない仕事(技術的にも能力的にも)を引き受け、実際出来なければ、出来ない責任を自分たち以外に平気で転嫁する。自分のせいではないので、責任は取らないと平然と言ってのける。商習慣などでは中国はまだまだの国だと感じます。

    逆に大多数の日本人のように、責任を強く感じれば感じる程、いろんな面で慎重になり、バイタリティが無くなってくるようにも思います。

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  2. それ、学校の先生も言ってました。できもしないことを、見栄を張ってできるって言ってしまう傾向があるみたいですね。

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