2011年12月28日水曜日

なぜ日本人は「すいません」と言うのが好きなのか

多くの中国人が日本語で書かれた本を見ると、一種の変な知ってる感を覚える。しかし完全に内容を理解できない、なぜだろうか。日本語の本には多くの漢字があり、漢字があるがゆえに、簡単に理解できると勘違いし、それがあらゆる誤解を生んでしまっている。


実際、日本語は世界言語史において、非常に独特な現象がある。何の現象か。一方ではかな文字を用い、これはローマ字と同じように表音文字である。他方では多くの漢字を用いており、これは表意文字である。しかしながら、同時に表音の機能もあり、漢字を用いて一種の声音の作用もしている。日本語は違う種類の文字を混合させて使用しており、これが大きな特徴である。


一冊の本を紹介したい。『日本語から見る日本文化』、作者は何志明氏で、彼は現在、香港中文大学日本研究学科の助教授である。この本が主に語っているのは日本語ではなく、その背後にある要点:日本文化だ。日本言語の特徴から見れば、日本文化の特徴が見え、日本文化の中には常に注目されるべき特徴がある。日本人は本当に礼儀正しく、その礼儀さは彼らの日本語の中でも見受けられる。


簡単な例をあげると、日本人の人との付き合いにおいて特に注目すべきことを理解しないといけない、それは待遇表現だ。待遇表現とは何を指すのか。これは日本語の単語で、意味は、話したり、物を書いたりする時、相手を考慮し、表現する内容、場面、当時の状況などにおいて、最も適当な言葉を選び、自分を表現しなければならない。最も適切な言葉を組み合わせ、それがいわゆる待遇表現というものである。


待遇表現の中には、多くの特徴が見受けられる。その特徴とは何か。ひとつは日本人はよく「すいません」を用いるということ。もし日本社会で、例えば道路で、道を譲ってもらいたいとき、通常世界各地の人々は「すいません、通らしてください」と言うだろう。その人が「すいません」といえば、言われた側もこの時一歩下がり、その人に対し、「すいません」と言う。


人々はみな、「すいません」と言えば、「すいません」と返す。最も奇妙なのは、日本人は人々に感謝するときでさえ、先に「すいません」と言うことだ。日本の精神病学者の土居健郎氏はこう話す。初めてアメリカを訪れたときのこと、手伝ってくれた教授に感謝する際、思わず日本人の習慣から、「Thank you」ではなく、「I'm sorry」と言ってしまった。その教授は理解できずに「何で謝るの?」と言った。


この例から、日本語の「すいません」は感謝の意として用いることができるとわかる。これはなぜであろう。表面上は「詫びる」のと「感謝」は完全に異なった事柄であるが、なぜ日本人は感謝するとき先に「すいません」と言うのか。何志明教授は「日本人は他人との関係、社会の一員であることをとても重視している。人同士はお互い助け合うことが必須だが、日本人は人から助けられたとき、この人に借りができたと考え、この借りは返さなければならない、と感じる」と言う。


そのため日本人はみな将来借りを返さなければならないと意識し、人から多く借りができることを望まず、言い換えれば、日本人はできるだけ人からの助けを借りることは避けたいのだ。助けられた後、その人は申し訳なく感じてしまい、先に「すいません」と言う。この「すいません」はどういう意味だろうか。誰かがその人を助ければ、その人はまず申し訳なく思い、助けた側もその人に申し訳なく思う。なぜか。人助けをすれば、その人に借りを持たせたことになり、自分にお返しをさせることになり、申し訳なく感じるのだ。


贈り物も相手に負担や責任を与える行動である。贈る側はできるだけこの負担を軽減させたく、相手に心地よく安心して受け取ってもらうために、相手に明確な意思表示はせず、高価な物を贈る際にも、「これはつまらないものですが、よろしければ受け取ってください」、謙虚がちに言う。


このように見ると、日本人はとても礼儀正しい。日常生活の中の規則は多く、例えば、電車や地下鉄、バスに乗るときはできるだけ携帯電話で話さず、みんなメールを使用する。お年寄りや病人の優先座席があり、携帯の電波がペースメーカーに影響しないよう、そこではできるだけ携帯電話を開かない。


もし規定を違反すれば、他の人たちの視線を浴び、怒りの目を向けられる。日本にはいわゆる他人の目があり、日本人は生活の中で人を気遣うことが必要だと言われている。日本学者のクダニ・マルク氏は何志明氏から引用しこう述べる。「日本人の申し訳ないと言うが、その申し訳なさは“feel good”の申し訳なさ、良好な申し訳なさであって、責任感を追及される申し訳なさとは違う」


これは昨日私達が話した『日本小史』の中で取り上げられているひとつの観点、それは日本人は道徳上の間違いに対しての責任感は持ってないように思えること、いつも人に迷惑をかけると感じ、注目すべきはグループの中での調和関係だ。日本人は毎回アジアの国々に戦争犯罪行為を謝罪するとき、例えば、中国、韓国、フィリピンに謝罪する際、「本当にご迷惑をかけた、申し訳ありません」と言う。そのとき我々は「あまり筋が通ってない」と感じる。国を侵略し、たくさんの人を殺し、多くの場所を占拠し、我々に悲惨さをもたらしたのに、日本は「ご迷惑をかけた、申し訳ありません」と言う。


これは、間違いというのは人に迷惑をかけることであり、「ご迷惑をかけた」と言うのは、それは非常に非常に申し訳ないということだ、と考えているためだ。

http://overseas.cn.yahoo.com/ypen/20111227/782177.html(中国ヤフー)12月27日

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